幸せは人それぞれ

生きている限り尽きることのないハプニングの記録・・・時々自戒もこめて

別居を決意する

 決して唐突に思いついたわけではない。結婚してから25年、大小のすれ違いに幻滅し子どもたちが大きくなったら離婚しようと、それを支えに生きていた。毎日のように考えていた。しかしお金に困らない老後のためには、定年まで我慢してお金をためて、そこから別居するのがベストな選択。それまでは耐えるしかないとあきらめていた。なんだかんだといいながら、行動するよりじっとしているほうが楽・・・年老いたワンコが平穏に犬生をまっとうしてから…、娘や息子が社会人になって完全に巣立ってから…と動かない理由は次から次へと思いつく。

 しかしストレスは溜まる一方。毎日、確実に夫の帰宅は早い。なぜか台所を占有したがる。アライグマのように延々とお湯を出し続けて洗い物をする。待っているのもいらつくので平日の夕飯は食べず、飲み物だけ持ってさっさと部屋に籠る。お風呂に入ろうとしたときに、夫が先に入ってしまうと1時間以上出てこない。それまでイライラしながら待たなくてはならない。趣味がテレビの夫は週末は100%家にいる。自分の分だけなら手早く済む昼食も、自分と子どもの分だけ作るのはさすがに気が引け、夫の分を作らないわけにはいかない。それならそこまでして食べる必要はない。私は昼食は食べないことにした。昼食は抜いてもさすがに休日の夕食くらいは、まともに食べようと思う。子どもたちのためにも週末くらいはと、せっせと買い物に行き、夕食を作る。しかし、出来上がってみるとバイトだの飲み会だので子どもたちは家にいない。残された私は図らずとも夫と二人きりで夕飯を食べることになる。夫は食事中もテレビを手放せない。無言でテレビを見ながら食べる十数分の味気なさ。無意味な時間。

 仕事のストレスも解消できず、家でのストレスも静かに澱のように溜まっていく。家にいて訳もなくイラつくことが増えた。休日は自分の部屋に籠るか出かけるか…しかし出かけたところで夕飯の準備を考えると、そうのんびりもしていられない。休日が楽しくなくなった。無駄な衝動買いばかりが続く。このストレスフルな休日を定年まで過ごすのか。そもそも耐え忍んだことで何が得られるというのか。今がなければ未来もないのではないか。人生を無意味にしているのはもしかして自分自身かも…

そう思った瞬間に決まった。今すぐ家を出よう!