幸せは人それぞれ

子育ても終え、後は人生を謳歌するのみ!最大限にセカンドステージを楽しもうと日々模索しています。

別居開始 感動とすがすがしさと罪悪感少々

引っ越した夜は大雨だった。娘は飲み会でいない。雨の中、買い物に一人出かける。不安と寂しさと罪悪感が押し寄せてくる。本当にやっていけるのだろうか。実はとんでもなく悪いことをしでかしたのではないか。あの家を思い出すと、そこにいる息子を思い浮かべると、切なくて涙が出そうになった。もう後戻りはできない。私は安全地帯から飛び出したのだから。広い世界へと踏み出したのだから。好きな時にお風呂に入り、好きな時に好きなものを食べる…しかし、考えてみるとそんなささやかなことのために別居したのか!自分勝手?母親は我慢して家族の世話をするべき?否!家政婦は私のやりたいことではない。もう子どもたちは私がいなくても生きていける。

 

置いてきたようで心配した息子も意外とうまくやっている。彼は私ほど父親を毛嫌いしているわけではない。話しかけてくるのがめんどくさいという程度のようだ。早速泊まりに来て、二つ居場所があることを楽しんでいる。娘も家を出ようって私を後押ししたわりにはあの部屋好きだったんだよな…なんて言うから少し心配したが、結局はバイトやら学校やら自分の生活で手一杯だ。つまりはどっちでもよかったんじゃない?とも思えるが…(笑)

 

ようやく自由がやって来た。昔から行動力が売りの私にできないことはない!そう信じて突き進んだ。無謀といわれようが、自分勝手と言われようが、直観でいけると判断した場合は、常に勝負に出た。中途半端でいい加減に出た時はみじめに打ちのめされるけど、確固たる信念で暴走するときは勢いでぶっちぎることができる。今回も今しかない!と思ってから実行まで一か月。途中で立ち止まったら不安に押しつぶされて、飛び出すことはできなかっただろう。

 

ここ数週間、数か月、数年、心の中にずっとかかっていた雲が徐々に消えていく。半世紀以上生きてきて、ようやく自分をほめてあげられる。

 

娘が、私が夫に宣言した時に、本当に言ったの?すごい!エライよ!とほめてくれた。お母さんは物事を進めていく力があるって言ってくれたのがちょっぴりうれしかった。しかし、何も言わずに出ていくわけにはいかないでしょ。(笑) 

別居を宣言する

もう後戻りはできない。前進あるのみ。

しかし夫に告げる勇気がいる。ここが一番の難関だった。いつ言おう、どう言おうと、約2週間、起きてから寝るまでの間ずっと考えていた。決断するよりこの躊躇している時間のほうがはるかに長かった。ストレスとか胃が痛いというのは通り越し、文字通り頭の中が飽和状態だった。誰かに何とかしてほしいと真剣に思った。今思い返しても、ず~んとお腹の中が重くなる。大それたことをしているという罪の意識に苛まれる。しかし後戻りはできない。

 

…賽は投げられた…というか投げちゃったよ。

 

今日しかないというところまで持ち越し、私は別のところに住むと告げた。もちろん夫は大パニック。しかしちょっと待ってと言われても、いまさら後戻りはできない。

 

私は、今の状態(会話がない状態)はおかしい、ちょっと距離を置きたいので私は家を出る、とりあえず離婚はしない、家族離散になることも避ける、お金も足りないのであれば援助する、と調子のいいことを言った。半分は逃げ腰。

当然夫はパニックになる。

家族のために尽くしたのに捨てるのか、もう稼げなくなったからいらないって捨てるのか。お金くださいって頭下げろっていうのか?って・・・気が動転しているとはいえ、この情けない数々の言葉…

私の決断は正しかった。そういえばもともと夫とは会話がかみ合わず、会話がなくなったことを思いだした。自分で決めつけてかかるので、こちらがいったことを正確に理解することができない。同じことの繰り返し。そしてすべてが私のせいで、あの時こうだった、ああだったと文句を言ってくる。

この嫌な感覚…そういえば姑も同じような話し方だったよ。親子そっくり…とどうでもいいことに感心。

 

夫がこの状態でもお金の心配だけをしていることは想定内であったが、何よりびっくりしたのが、夫はこれまでの家族の会話のない生活に何の心配もしていなかったこと。

旅行も私だけで行くことに不満を覚えてはいたが、私が一緒に行きたくないということに気が付いていなかった。

子どもたちと全く会話がなく、私を通してしか近況をきくことができないことにも不安を覚えていなかったこと。どう考えても普通の家族(普通の定義もあいまいだが)ではないことに対して、何も違和感を覚えず、このまま二人で老後を過ごしていくと思っていたこと。

能天気というか、ここまで状況を判断したり自分で行動を起こしたりすることができない人だったとは!

 

引越までの1週間、これまた胃がしめつけられる生活だった。少しでもいつもと違うものを感じると引っ越すの?引っ越すの?としつこく聞いてくる。そしていい加減にしてくれよ!と怒り始める。夫からしてみれば晴天の霹靂、怒るのも無理はない。しかし私も、この状態をいつまでも引きずりたくない、ええい!引っ越しちゃえ!という感じで、また一気に動いた。

引越の日、夫は犬のようについて回る。今度は持っていかれるのが惜しいのか、引き出しから物を出すと、後からまた開けて確認している。

夫は、今まで自分のことは自分でやってきて、そのうえ料理までしなくちゃいけないんだからな、と怒鳴ってくる。料理も洗濯も家の管理もすべて私がやってたじゃない!あんたは皿洗いだけだったろうが!

所詮、私はお手伝いさんにすぎなかった。

家のことをすべてやって、お金稼いできて、しかも保護者のように管理してくれるなんて、都合の良いお手伝いさんもいたもんだ。一切会話のない、歪な家族にこのまますべてを任せっきりで老後の世話もやってくれる、自分はゲームだけやっていれば生きていけると本当に思っていたのだろうか。

 

別居にむけてアパートを探す

 早速、賃貸マンションを探す。娘も一緒に住み息子も時々泊まりに来る…となると3DK以上の広さが必要。家賃は安い方がいい。車も持っていきたい。そうなると郊外で徒歩15分としても毎月の出費は10万超える。生活できるのだろうかと不安がよぎる。

とりあえず手頃な7万円台のマンションで内覧希望を出してみた。すぐに数社から返事が来た。早速娘と見に行った。どことなく侘しさが漂う…決してぼろぼろというわけではないが、なんだか人生に敗北して転がり込むように思えて物悲しい。もちろん居住者もいるし、以前住んでいた社宅はこの比ではないほどボロかった。住めば都、今の気持ちがそう思わせているのだと自分に言い聞かせてみたが気が進まない。よくよく話をきいてみると現在は少人数家族が多いため3DKは流行らないとのこと。2LDKが主流ということなので、翌週再チャレンジした。家賃も8万円台に上げてみたところ、今度は普通に住めそうな落ち着いた物件に出会えた。駅前と徒歩15分の2物件。確かに駅前は便利だけどなんとなくマンション周りが落ち着かない。駐車場もない。娘も見晴らしもよく静かな徒歩15分の物件を気に入ったので、そちらで契約することにした。

しかし、悩む…本当にいいの?大それたことをしようとしているのは事実。決断する段になって弱気が顔を出す。動き出したら後にはひけない。丸一日悩んだ。仕事も手につかない。本当にやっていけるのだろうか。定年まであと五年、それまで欝々とした毎日を送りながらとはいえ、お金を貯められるのであればそのほうが堅実だ。しかし、五年後に本当に幸せになれるのか。お金に余裕があっても旅行すら行きづらく、毎日イライラしながら夫のことを考える生活はうんざりだよ。

結局答えは最初から決まっている。今を無駄にしたくない。安全地帯から飛び出さないと新しい世界はやってこない。

別居を決意する

 決して唐突に思いついたわけではない。結婚してから25年、大小のすれ違いに幻滅し子どもたちが大きくなったら離婚しようと、それを支えに生きていた。毎日のように考えていた。しかしお金に困らない老後のためには、定年まで我慢してお金をためて、そこから別居するのがベストな選択。それまでは耐えるしかないとあきらめていた。なんだかんだといいながら、行動するよりじっとしているほうが楽・・・年老いたワンコが平穏に犬生をまっとうしてから…、娘や息子が社会人になって完全に巣立ってから…と動かない理由は次から次へと思いつく。

 しかしストレスは溜まる一方。毎日、確実に夫の帰宅は早い。なぜか台所を占有したがる。アライグマのように延々とお湯を出し続けて洗い物をする。待っているのもいらつくので平日の夕飯は食べず、飲み物だけ持ってさっさと部屋に籠る。お風呂に入ろうとしたときに、夫が先に入ってしまうと1時間以上出てこない。それまでイライラしながら待たなくてはならない。趣味がテレビの夫は週末は100%家にいる。自分の分だけなら手早く済む昼食も、自分と子どもの分だけ作るのはさすがに気が引け、夫の分を作らないわけにはいかない。それならそこまでして食べる必要はない。私は昼食は食べないことにした。昼食は抜いてもさすがに休日の夕食くらいは、まともに食べようと思う。子どもたちのためにも週末くらいはと、せっせと買い物に行き、夕食を作る。しかし、出来上がってみるとバイトだの飲み会だので子どもたちは家にいない。残された私は図らずとも夫と二人きりで夕飯を食べることになる。夫は食事中もテレビを手放せない。無言でテレビを見ながら食べる十数分の味気なさ。無意味な時間。

 仕事のストレスも解消できず、家でのストレスも静かに澱のように溜まっていく。家にいて訳もなくイラつくことが増えた。休日は自分の部屋に籠るか出かけるか…しかし出かけたところで夕飯の準備を考えると、そうのんびりもしていられない。休日が楽しくなくなった。無駄な衝動買いばかりが続く。このストレスフルな休日を定年まで過ごすのか。そもそも耐え忍んだことで何が得られるというのか。今がなければ未来もないのではないか。人生を無意味にしているのはもしかして自分自身かも…

そう思った瞬間に決まった。今すぐ家を出よう!

調査会社にロマンス詐欺の調査を依頼した

 詐欺師だという決定打がなく、しかし限りなく胡散臭い人に出会った。私がかねがね行きたいと思っていた国の人で、行けば現地を案内してくれるという。政情不安な国だし、本当にまともな人なら安心して観光ができる。行きたい!チャンスかも⁉しかしどうしても何かがひっかかって100%信用しきれない。そこでアメリカのとある調査会社に調査を依頼することにした。依頼メールを送信したのはアメリカ時間で夜中だったにもかかわらず、5分もせずに返信が来て調査を開始してくれた。

 結果からいうと大した情報は得られなかった。もちろん調査会社が悪いわけではない。私が全く情報を持っていなかったからである。恥ずかしながら、そのことに気が付いたのは依頼してからのことだった。必要事項を入力しながら、自分がLINEのID以外に相手のことを知らなかったことに気がついたのだ。住所も本名も電話番号も知らない。唯一、もっている情報は写真と職業(自称)だけ…。このような状況で相手を信用していたことに我ながらあきれかえってしまった。調査会社に住所でも電話番号でもいいから相手に確認しろといわれ、彼にきいたが、かたくなに電話番号も住所も言わない。「I'm honest」を繰り返すばかり。最初っから確認すれば、依頼せずともこの時点で信用できないとわかったのに…。

 それでも一応調査は続行され、詐欺師と思われるので今後連絡を取らないように、この写真も職業もフェイクだよ、といったレポートが送られてきた。当たり前だよね…。お値段は日本円にして約7万円。安い金額ではない。わざわざ依頼しなくてもそれくらいのことは、自力で突き止められたはず。あまりにお粗末な状況だが、しかし一度バイアスがかかって相手のいうことを信じてしまうと、何も知らないことにすら気が付かないのだ。実際に被害に遭われている方もたくさんいる。ネット上の会話だけなら全く問題ないがそれ以上進展させるのであれば、自分では大丈夫と思っていても調査を依頼する価値はあると思った。

 

ロマンス詐欺師に騙されないために

 元はといえば、英語を今度こそ流暢に話せるようになるというのが目的だった。外国の友人を簡単にみつけられる環境にいないのだから、このようなサイトで相手を見つけるのが手っ取り早い。次々と声をかけてくる詐欺師を適当に流しているうちに、まともな人に出会うこともできるだろう。そう思って続けていたのだが、気がついたら英語を学ぶことよりもロマンス詐欺を見破ることに熱中していた。

 ロマンス詐欺師と話すことは非常識かもしれないが、最初から気をつけてさえいれば、相手の傾向や嘘を見極めることが結構楽しい。Language Exchangeという素敵な響きのサイトも、結局はグローバルな出会い系であって、詐欺師であふれかえっている。声をかけてきた人の80%は詐欺師と思って間違いない。しかし本来サイトでなくても、初対面の人を頭から信じるはずはないし、あれこれ質問をして確認をして安心できる人かどうかを見極めることは、常日頃からおこなっているべきことだ。日本にいる限り、ここまであからさまな詐欺師にはそう頻繁には出会わないので、つい信用してしまうが、世の中には騙そうとしている人が多数存在しているということを認識すべきである。逆に彼らはお金を持っている人から取るのは当たり前という感覚でいる。文化が違うということを肝に銘じておかないと異文化交流は難しい。

騙されないためには

 詐欺師にだまされないようにするには、常に詐欺師であるかもしれないということを忘れずにいること。見知らぬ人と出会うのだから、旅行であってもサイト上であっても常に危険は伴うと思っていたほうがよい。しかし、最初は詐欺師と思って気をつけていても、相手が会話がうまいとだんだん話しにひきずりこまれて、いつのまにか旧知の仲のように思えてくることがある。朝晩と頻繁に連絡を取り合っていると自分の生活に入り込んでくる。相手の策略だから絶対に相手のペースに巻き込まれまいと思っていてもついついつられて話してしまう。「相手がもし詐欺師だったら…」という状況を常に考えているべきだ。

たくさん質問をする

 SNSであまり詳細に手口を公表すると、詐欺師の技術力向上につながってしまうらしいので具体的には上げられないが、騙されないためにはたくさん質問をし、会話の内容や状況を検証するということに尽きるのかなと思う。緊急でお金が必要といった設定を作りやすいらしい人気職業の船乗りも、しつこく現在地や船について聞くとちぐはぐな答えが返ってくる。住んでいるところについて詳しく教えてほしいと言って返ってくる内容もまたどこかからパクってきたような内容だったりする。(その文章をググるとでてきたりする。)文化や習慣の違いがとっさの返答や設定にあらわれる。もちろん用意周到な詐欺師もいるから一概には言えないかもしれないが、ちらっとでも違和感を感じたら絶対に詐欺を疑うべきだ。

誰かに話す

 これが一番有効。友人でも家族でも誰でも構わないので、とにかく状況を話す。話すことで整理ができて、客観的に見ることができる。自分が馬鹿げたことをしていることに気づく。いざお金を要求されたときにも周りがひきとめてくれるはず。

そして絶対にしてはいけないこと

  1. 絶対に口座番号を教えてはいけない。
  2. 絶対にお金を送ってはいけない。
  3. 絶対に住所を教えてはいけない。

  口座番号を教えるなんてまじありえない!と、誰もが思う。しかし現実に被害に合っている方はたくさんいる。会話を何日も続けているうちに深みにはまって、旧知の仲と錯覚してしまうのだと思う。しかも相手はあらん限りの言葉を使って愛のメッセージを送ってくる。騙されるのも理解できないわけではない。しかし、お金の話がでたら100%詐欺だ。詐欺以外ありえない。「彼は詐欺なんかではない、私を家族と思っているんだ、外国ではお金の貸し借りは当たり前のことなんだ、本当に困っていて、しかも私以外に友達はいないんだ」と言い訳を考えがちだが、それは絶対にない。プレゼントを贈るから住所を教えてほしいというのもよくみるフレーズ。教えてはいけない。

  一番騙される要因が、サイトで出会う中には実際にまともな人もたくさんいるということ。だからつい目の前のチャットの相手は今度こそまともな人なんだと思いたくなってしまう。しかし、まともな人であれば絶対にお金は要求してこない。

あ…あと下半身も見せてこない…(笑)

 

www.fbi.gov

 

 

 

 

 

 

詐欺といえばトルコ?(2)

あれこれトルコの詐欺を検索しているうちに、及川眠子さんの『破婚』に出会った。及川さんはエヴァンゲリオンの作詞家で、なんと18歳年下のトルコ人に三億以上ものお金を貢いだというぶっとんだ経歴の持ち主。あの一度聴いたら耳に残る名曲が生み出したお金はすべてトルコ人の豪遊に使われたという、今まで読んだ本の中で一番衝撃的かつ共感できた本だった。

ヒット作がでると億単位で収入があるということにもびっくりしたが、及川さんの度胸のよさ、潔さは称賛に価する。素晴らしい!人生なんて一度だけだし、自分だけのものだし、それくらい思いきらないと楽しくない。しかも転んでもただでは起きないポジティブ思考。さらっと書かれてはいるが、本当に、本当に大変だったはずだ。大金が目の前から消えていくのだから!しかし、そこから自力で這い上がってくるたくましさが心地よい。

確かに三億というとすごい被害だが、三高を狙って高収入の男性と結婚してそのお金で贅沢三昧な人生を送る奥様をもつ男性と及川さんは、さほど変わらない。及川さんの場合は「破婚」したわけだが、どちらも大切にしてもらって幸せを得られるのであれば、お金の使い道なんて他人にとやかく言われる筋合いではない。

…と考え、気が付いた。カッパドキアのホテルについて話しているとき、自称ツアーガイドの彼は一泊400ドルのホテルを勧めてきた。一泊400ドルって東京の五つ星ホテルに泊まれる金額だよ、そもそもガイドブックにそんなホテルないし、高すぎる!と返信したのだが、今にして思えば、自分のホテル代も私に払わせるつもりだったのかな。及川さん曰く、トルコ人の感覚ではお金は持っている人が払うのが当然とのこと。彼も騙してお金を取ろうというのではなく、私のお金を自分のために使おうとしているのだということだったのかと。そう考えると筋が通ってくる。彼はお金をだまし取ろうとしたのではなく、私に愛情を「提供」し、私のお金を副収入として利用したい、大好きな日本に自由に行き来したい、ついでに自分のありあまる性欲も満たしたいというおいしい「ビジネス」を計画していたのではないかと。

だからOKというわけではない。しかし相互扶助であれば、「お金持ちと結婚したい」というよく耳にするフレーズとなんら変わらないわけで、詐欺に遭ったとはいえないようにも思えた。何度も言うが、詐欺ではないから信頼できるわけではない。人によってはギブアンドテイクが成立する場合もあり得るというだけだ。

 

トルコは強引に物を売りつけるイメージが強く、ともすればそれ自体を詐欺としてしまいがちだが、他国の人に言わせるとそれが彼らの長い歴史の中での商法なのであって、はっきり断ればいいだけのこと。カモになっている日本人の方がおかしいと言う。くやしいが日本人はつい、いい人になろうとする。相手を傷つけないように気配りしてしまう。そこが狙われるんだよな。

しかし素敵な笑顔で甘く囁かれたら…私は拒絶できないかも(笑)

破婚: 18歳年下のトルコ人亭主と過ごした13年間